2008年5月3日土曜日

物価は上がってもいい

 周りには安価な食材があふれている。ほとんどが輸入品。安価、輸入品、そのわけをちょっと考えてみる。国産では価格的に太刀打ちできない。コスト競争に負ける。輸入材はコストが安い。人件費が安い。この人件費ってなんだろう。たぶん生活に必要とされる費用だと思う。それが安い。
 われわれに食材を提供してくれる彼らの一部は、車を持たない。テレビを持たない。TVゲームもなく、携帯電話も持たない。ましてや安全や、健康、衛生もない。”その分コストが安い”、という構図にならないだろうか。これを搾取と呼べないのだろうか。彼らがわれわれの生活に近づけば、そうでない調達先を探す、そういった戦略だと聞いている。それがわれわれを支えている。
 かたや、野球とはいえ、サッカーとはいえ、芸能、ミュージシャンとはいえ、人気で年に何億も支払われるのは、また、ブランド品、美容、装飾、が産業の上位に来る。これを狂乱とみるのは、おかしなことだろうか。それを当たり前としているわれわれは、なんなのだろう。

 物を作る人が、それを提供してモノつくりを続けていかれない状況と、片やはるかに切り詰めた生活から生まれる安価な品が生活基盤を支える。食のわずかな値上がりに声を上げ、バーゲンでブランド品をあさる。
 安全や食料や健康よりも、便利さや安さ市場原理が優先される状況は、そこから一歩離れてみれば不可思議な状況だ。続くものではないだろう。

 格差はエネルギーを生む。これは物理法則。蓄積されあふれるエネルギーは容器を破壊する。

 

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