2008年6月21日土曜日

イヤなことは、聞こえない。

 なるべく良い気分で居たい。それは、限られた時間を有効に使いたいし、物事がうまく運ぶし、早く終わるし、勉強も、技術の習得も、感動や快感も、良い気分の時の方が得やすい。
 だから、良い気分を大切にするし、悪い気分の時間を減らそうと思う。

 イヤなことは、聞かないし、見ないし、聞こえないし、見えない。われわれは全てを見ていないし、全てを聞いていない。全てを感じていないし、全てを理解できない。私たちの感じること、想うこと、理解することはほんの一部分なのだ。そして、多くの部分を想像や思惑や、気分で補う。まことに勝手気ままに脳は物事を決めつけて、判断する。

 悪口も同姓同名へのものなら気にならないし、理解できない言葉なら怒れない。聞こえないところで誰が何を言おうと、その事実があるのか無いのか判らなくて、怒ったり泣いたりはつじつまが合わない。すなわち、泣きたい、怒りたい、気分を害したい、そう言った楽しみがあるのではないかと想う。好きこのんで被害者になりたがっている、そんな風に感じる。

 現実と仮想の区別が付けば、仮想なんて怖くない。仮想で傷つくことが何か変だ。あなたへの罵詈雑言は、夢か現実か、判断するのはあなたの脳。どちらでもかまわない。聞きたければ聞こえるし、聞きたくないものは聞こえない。それが現実か仮想かは誰にも判らないし、どちらでも大して変わりはない。
たぶん、あなたが好きな方が真実なのだろう。誰がなんと言おうと、あなたが決めてしまえばそれが真実になる。
 そして、それは、個人個人が勝手に決めていてそれらは集まって思惑となり、世間を動かす。

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