2008年7月6日日曜日

炭酸ガスじゃなく、エネルギー生産のせい

 温暖化は進んでいる。そりゃそうでしょ、私たちすみかのまわりで、熱が発生することはあっても吸収されることは何もない。いくら探しても見つからない。
 その、温暖化の原因を、”炭酸ガスの増加”のせいにするのは、やはり無理がある。炭酸ガス濃度の上昇は、温暖化の結果として現れた現象と見るべきだろう。炭酸ガスは、そんな大物じゃない。

 エネルギーを生産すれ熱が出るのだ、エネルギーを変換すれば熱が出るのだ、エネルギーを使えば熱が出るのだ。エネルギーを扱う限り、変換効率の差分だけ熱が放出される。金槌で鉄を叩いてごらん、熱が出る。運動すれば、熱が出る。病気を治そうとすれば体力の限り熱が出る。モーターを廻せば熱が出るし、車は冷却器がないと動かない。コンクリートも焼いて作る。発電だって、原子力だって、ほんのわずかなエネルギーをとりだすのに、どこくらいの冷却を必要とするのだろうか。必要なエネルギーの何十倍かが、絶えず熱として廃棄されている。言われてみれば誰もが気づくこと。全てのエネルギーの末路は、”放熱”なのだ。それは、エネルギー拡散の法則に乗って、宇宙へと散らばっていく。

 石油エネルギーだろうと、原子力だろうと、太陽エネルギーだろうと、どんなエネルギーであれ巡り巡って、結局最後に全て熱なる。つまり、エネルギーの代替を求めること自体、問題の全くの見当違いなのだ。これは、ゴミ問題に似ている。生産したら最後、廃棄しなくてはならない。途中消滅はあり得ないのだ。汲み上げた分だけ、作りだした分のエネルギーが、すべていつかは地上に放出される。難しい想像ではない。

 温暖化防止に必要なことは、エネルギーを生産しないこと、エネルギーを使わないこと、エネルギーを要求しないことを目指すべきなのだ。山や海が循環冷却できるだけのエネルギー産出に抑えるべきなのだ。

 しかしそれは、科学の進歩と、経済的な発展を否定することになる。欲を否定し、未来を否定することになる。エネルギー増加無くしては、迎えたい未来はなしえない。
 なににせよ、文明は未来を冷やすことはしない。生き物はいつでもどこでも熱い思いを持つ物なのだ。

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