2009年6月5日金曜日

見られたい、思われたい、関心を引きたい、、

という仕組み。思い込み。キレイに見られたい。良く思われたい。注目して欲しい。そのためのきれいな衣服、宝飾、化粧にスタイル。行動、言動、、、、、、。

それは脳の仕組み。脳に仕組まれた機能。だから、その根拠はない。我慢ならないほど大切で、重要で、そのために自分を害したり、相手を損ねたりするほどのパワーを動かすが、その根拠はあまりに乏しい。そうでなくては成らない理由は見つからない。そうではなくて、その訳を探るようには仕組まれていない。誰もそれに疑問は持たない。それを解消することがなによりも最優先で、行動へとかき立てられる。

相手を非難し、攻撃し、ときにその思想を抹殺しようとまでする。自分の存在や未来へ、回避できない衝突を産むのだが、じっくりと考えるとその根拠が何もない。

 

他人がどう思おうとも、どう捕らえられようとも、相手にとって自分がどんな姿形だろうと、構わなければそれですんでいく。実際、大きな災害やアクシデント、いろいろな気になる問題よりも優先的な物事が起きれば、上記のそう言ったことがらは一切価値を失う。つまり、脳の中の優先順位により大切になったりどうでも良くなったり、それはあまりにもあいまいなのだ。

あいまいなのに、それを許せない、我慢できない、やり込めたい、見過ごせない。どうにもならないイライラと攻撃性がその人を包む。何でもいいから理由を見つけては誰かを攻撃したい、そんな生き物の仕組みが見られる。ただその仕組みに操られている。

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