2009年8月25日火曜日

麻薬のこと、誰もが同じような、、、

麻薬が人体でどう作用しているかは、だいたい解明されているようだ。モルヒネはその組成が、脳内で分泌される満足を感じるタンパク質(ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなどの名称)ににており、快楽神経に興奮をもたらすという。脳内であればこれらのタンパク質は制御された範囲内で適量分泌され、事後は速やかに分解される。外部から投与されたモノの害は、制御がされてないことに寄る。つまり、刺激の量も、時間も、刺激する場所も適当でいい加減なので、リズムが狂ってしまう。快楽は記憶され更に上を求める。まるで科学の進歩、文明のよう。

 

薬物依存症、といえば縁のない者には想像が難しいようにおもうが、ちょっと考えてみればそれは、われわれの日常と同じではないのか。われわれの欲望、生きること、愛すること、希望と達成と、共有感と感動、それらをいつも夢見て、それらに渇望して人は日々を過ごしている。それは適度に制御され、必要な時とそうでない時とにわけられ、無駄な争いを避け、トータルでの総合利益が計られるように仕組まれている。

 

もしこの制御が無くなったら。実験動物のごとく、身近なスイッチを入れたときにいつでも、愛されているという満足感が得られる、全ての人があなたに羨望する、至極の食が味わえる、仲間との一体感が延々と続く、「愛している離さないよ」とずーっとずっと言い続けられる関係、明日への尽きることのない生きる希望、長年の努力が次々と尽きることなく報われる、永遠の拍手と喝采の中にあなたは立っている。

そんな手元のスイッチを、意識は制御できるだろうか。感情に対抗できる意思などと言う物は存在するのだろうか。あるとしたら、それは生き物を否定するものだろう。つまり、大切なのは”系(システム)” であり、個ではないのだ。

 

”HOME" というドキュメンタリー映画を見た。増える人口。とどまるところを知らない占領と採取と搾取。先が見えていてもなお、絶滅へ向かう種。そう言った行動にブレーキを掛けていては、生態系は守れない。無き水を求めて掘る井戸、干ばつの横で噴水を飛ばすギャンブラー、餓えても餓えても生まれる子供、食べても食べても廃棄される糖と蛋白。

 

無くなるまでやめられない、破滅するまで終わらない。

 

いちど ”我慢” という制御を外したら、個の自滅こそ全体を守る術である。(うーん、座布団1枚!)

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