2010年1月2日土曜日

ヒトは何でも、簡易にじる。

脳の中に、”信じた”、というスイッチがあるらしい。いろいろなタイミングで、ヒトは何でも信じる。地動説や天動説、進化論や天地創造、人種偏見と純血主義、天文、地学、遺伝子、素粒子、運命の出会いと離婚率の高さ。

生き物の進化速度から見れば、ヒトは何万年も変わっていない。だから、上記のことは何万年も全てのヒトに繰り返されてきたありきたりの出来事だ。信じたり疑ったりには、何の根拠も要らない。裏付けも研究も経験も膨大なデータも、何の関連が無くても、信じるときには根拠ができる。だれもが確固たる根拠の元に、あらゆる事を信じる。あるヒトは右が真実で、隣のヒトには左が真実なのだ。互いに説明は出来ないけれど、互いに譲ることのない信念を持つ。

信じたり、こだわったり、信条にしたり、それはそれ以外の者ではダメなのだ。絶対的な信条がある。しかし、別の人間には何の意味も無い。全ての正義と真実は、その人だけに有効な、個人の物だ。その人以外の誰にも意味が無く、信じられず、どうでもいいことなのだ。

”それが真実だ”、のスイッチは容易に入る。”運命の人に出会った”、スイッチと同じだ。そして、ヒトの数だけ世界が出来上がる。だれもが、自分以外の世界の侵略に備えて、争いが日常に起こる。

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