2010年9月26日日曜日

欲望の果てしなき迷い道

未開と文明、山と都会。たとえば哺乳類などヒト以外の生き物の姿を見ると、何が楽しいのだろう、何を目的にしているのだろう、幸福感、満足感はどこにあるのだろう、と思う。

ヒト以外の動物に幸福感や満足感はない、とは思わない。生き物の構造としては同じだから、何かを求めそこへ向かい、何かを恐れ、回避、拒否する仕組みはおそらく同じだろう。行動を選択するときそこには動機となる感情がある。身近な犬や猫を見ればその喜怒哀楽は伝わる。

科学や探求探検、発見や発明、身体美や美食の追求、様々な芸術、健康や長寿への欲望、羨望や統治、支配欲、様々な欲望が限りなく膨れあがる。欲という言葉に対し、充足という言葉はかなり惨めだ。時折訪れるわずかな充足に味を占めて、欲への焦燥感はいっそう大きくなる。もっと自然の神秘の解明を。もっと遠くまで、もっと深くまで、もっと物質の元まで、もっと便利に、もっと豊かに、もっと美しく、もっとおいしく、もっと楽しく、もっと元気に、もっと長生きで、もっと着飾り、もっと頂点へ、もっと広い領土、もっと多くの資源、もっと、もっと、もっと。

欲への渇望に休憩はない、あきらめは許されない。そこには残酷な報復が待ち受ける。挫折感、絶望感、自己嫌悪、焦燥感。それは自らを攻撃すると共に、周りを巻き込む。イライラ、.攻撃、やるせなくてやりどころのない気持ち。それは欲の大きさに準じて大きくなる。偉大な目標は誰もを蹴散らして、多くの犠牲を誇りながら進められる。

欲とは、よくある例えのように目の前にぶら下げられたご褒美だ。その魅力的なご褒美はすばらし快感を永遠に手に入れらそうな、そんな気にさせる。とても抗えない仕組みを生き物は備えている。そして約束は守られることはない。目の前のご褒美を手に取った途端、その向こうにもっと良いご褒美が現れる。いや、手に取ったご褒美が偽物の模造品だったと気がつくような気分だ。

生きることと、増えること。具体的には食べることと、産み育てること。おそらく、欲とはそのためにあるのだろう。その2つにいつも餓えていて、不安であり、そのことをいつも考えている。それが満たされたしばらくの間幸せをかみしめて与えられた物に感謝する。それ以外は様々な苦渋をうけいれても損のない取り引きだ。時々飢餓に襲われ、産まれた子の何割かが亡くなり、暑すぎたり寒すぎたり、病や怪我に冒され思うようにならないけれど、もう一度日の出を見られて、赤子の声を聞いたとき、それらはすべて払拭されて何かに感謝せずにはいられなくなる。

脈々とつづいていき生態系の形はそう言った物だろうと思う。生きることと食べることが満たされてしまったとき、欲望の使い道を迷っている。手当たり次第に向けられる欲望と焦燥感。明日を生きられることと子供が育つことが当たり前になってしまったから、欲望の矛先はどこに向けて良いか判らない。

満たされることのない、.果てしなき迷い道に入ってしまったようだ。

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