2013年1月5日土曜日

あすかのおしゃべりピアノ

第21回FNSドキュメンタリー大賞 受賞 を見て。

音楽とは脳にどのようか効果を及ぼすのだろうか。脳は音楽のどんな部分に支配されるのだろうか。

 

私は、段取りが済んでいる仕事、手順ができている仕事、決まっている仕事をするときは、音楽をかける、聴きながら作業を行う。音楽があった方が余計なことに気を取られないですむ。音楽がないとやらなければならない仕事を前にして、他ごとに気が回ってしまい、あれこれ手を出してしまい目的の作業に集中できない。

しかしまた、仕事の段取り中、プログラムの作成、図面書きなどでは音楽はかけない。聴きながらでは音楽が邪魔になって集中しきれないのだ。

音楽は脳の活動の何らかの部分を遮断する、阻害する、意識の一部を奪ってしまう。音楽を聴くと音楽に意識が向く。意識の何割かが音楽に乗ってしまう。それ以外の余計な想いが遮断される。雑念の消えること、それは気持ちの良いことだ。

脳は余計なこと、どうでも良いことを、絶えず生み出しているように思う。感覚に触れるもの。見るもの、聴くもの、触れるもの、外部の刺激に脳はいちいち反応する。それに加えて過去の出来事、思い出すこと。それに振り回されてうっとうしいことがある。あれもしなきゃ、これもしないと。あの予定はどうだっけ?そういえばあの連絡はすんだっけ?イライラして目の前のことに集中できない。そういったときに音楽が、雑音を消してくれる。余計な意識が音楽に奪われて、リズムに乗って漂っている。その間を縫って一部の意識はやらなければならないことを完遂する。本当に意識を集中するときは、それらをすべて封じてしまわないと創作的なことはできない。わたしのばあいは。

さて番組のこと。対人恐怖症、自閉症、何らかの発達障害は、感覚刺激の調整ができないために起こると考えられている。それは、例えば初めてはめた補聴器に似てると。雑音になれた脳は、同じように入った音の中から必要なものだけを聞こえさせてくれる。それ以外の雑音は聞こえないふりをする。記憶でも見たいものだけを見せてくれる。目に入ったすべての情景を覚えているわけではないのだ。われわれが外部の雑多な出来事に疲れないでいられるのは、そういった入力の学習の成果だ。それがないと休む暇がない、四六時中、大音響やフラッシュの中で過ごしているような感じなのだろう。

 

音楽は、思考や感覚の麻痺を伴う。だから人は音楽にはまり、歌手やアイドルに快さをかんじるのだろう。このドキュメンタリーの主人公も、音楽に浸る時間は感覚をそれに任せていられる、普段脳裏で悩ますものを封じていられる時間、それが音楽の時間なのだろう。酔う、酔いの快さは、酒に通じるものがあるかもしれない。

1 件のコメント:

ぐれにゃん さんのコメント...

脳はどうでも良いことを絶えず生み出している、この表現は目から鱗が落ちた!ほんと、年末の仕事の状況は、どうでも良いことに時間を割いていた--/。

でも、このノイズが時として飛躍につながるのかな? ノイズのコントロールに音楽、これ試してみる。職場では難しいけどね。

昨晩遅く、お勧めの?モルゴーアのCDを聴き始めたら、かみさんが また訳わからないものを聴いて、と。21世紀の出だしだけ聴いたけど、確かにもう少し出だしはインパクトが欲しい。週末にしっかり聴いてみる。 (いな)